おまけ ~JR山形線(奥羽本線)峠駅を訪ねて~
横手駅の駅前に今年オープンしたマンガ喫茶で一夜を過ごす。その横手駅もおしゃれな駅舎にリニューアルされていた。時の流れを感じさせられる。
さて今日は三連休の中日。このまま黙って帰るのはもったいない。今回は週末の連続二日間、関東甲信越南東北のJR・三セクが乗り放題となる週末パスというお得な切符を使って旅をしている(あいにく今は青春18切符の期間外)。まだ1日フルで使える。というわけで今日はかねてより興味があった山形線(奥羽本線)の峠駅という秘境の駅を散策してみることにしよう。
実はこの峠駅、東北地方で開催される花火から帰るときに何度か通ったことがある。本数が少ないため下車したことは無かったが同駅で売られている峠の力餅を電車のドア越しに買ったことがある。かつてはどこの観光地でも目にした列車の窓越しの駅弁販売も今はめっきり見かけなくなった。ここ峠駅は駅弁スタイルで名物のお餅を売り続ける続ける数少ない駅の一つだ。今回はその峠駅を訪問してみる。駅前に峠の力餅を製造しているお店もあると聞く。どんなお店か楽しみだ。
横手駅からひたすら在来線を乗り継いでいく。もともと普通列車はそんなに走っていない路線ではあるがなかでも峠駅がある区間は人家もまばらな峠越えとなるためとりわけ普通列車の本数は少ない(だから秘境駅と呼ばれている)。昼の次は夕方まで列車は来ない。何も無い秘境駅で3時間ひたすら次の列車を待ち続けるのは忍耐の限界にチャレンジするようなもの。そこで今回は峠駅と峠を挟んでお隣にある板谷駅(こちらは集落がある)でまず降り、そこから峠駅まで歩き、峠駅を十分堪能したら夕方の普通列車で米沢駅に戻る、というプランを立ててみた。
ちょっとしたハイキング、と言いたいところだが実は板谷駅と峠駅の間には板谷峠がそびえ立っている。そして緑豊かなこの山間の峠は必然的に熊の出没エリアだったりする。今回ここを踏破するわけで熊よけの鈴と熊よけのスプレーぐらいは持参したい。というわけで乗換時間を使って新庄駅や山形駅、米沢駅で熊よけグッズを探してみた。が、熊よけのスプレーはおろか熊よけの鈴すら売ってない。山形県民の皆さんは熊怖くないんですかね(;^ω^)?そんなおり途中立ち寄った山形駅の駅ビル4階にお店を構えていたスタジオジブリ作品のグッズを取り扱うショップ「どんぐりの森」でジジの鈴「魔女の宅急便 ころ鈴根付」を見かける。熊よけの鈴とはほど遠いけど何も無いよりマシと言うことでこれを購入。ジジを選んだ理由は可愛いからo(^-^)o♪というのもあるが何よりもジジの鈴が一番大きな音で鳴ってくれたから。次点でまっくろくろすけの鈴、その次がカオナシの鈴。一個800円強。頼むよジジ、ちゃんと熊から守ってくれよ(´;ω;`)・・・。
米沢駅のコインロッカーに撮影機材一式、おみやげ、雑多な荷物などを放り込む。持参するのはリュックとカメラと熊よけに買ったジジの鈴ぐらい。峠越えと熊との遭遇に備えてなるべく身軽にしておく。米沢駅周辺は晴天だが峠方面を見ると雲に覆われている。山の天気は変わりやすい。折りたたみ傘も持参しておこう。
米沢駅発の普通電車に乗る。一つ目の関根駅を過ぎるあたりから車内にいても勾配を感じるほどの山道を登り始める。大沢駅、峠駅(今はそのまま乗り過ごす)、そして板谷駅。ここで降りる。板谷駅で降りた乗客は自分一人。電車を見送ると駅構内はひっそりと静まりかえった。板谷駅も含め周辺4つの駅はもともとスイッチバック方式の駅だった。性能が非力な頃の列車は坂道発進が大の苦手。スイッチバック方式にして加速を付けてからでないと登り切ることができなかったからだ。しかし山形新幹線開通と同時にスイッチバック方式は廃止。今の電車は性能も上がったので本線上に新たに作られた駅から普通に坂道発進していく。そんな板谷駅にせっかく来たのだからスイッチバック時代の駅の遺構でも見に行こう。本線から枝分かれした線路をたどりスノーシェッド(ポイントを積雪から保護する覆い)を抜けると保線用車両が止まっていた。このあたりが旧板谷駅があった場所だ。今気付いたけどここの線路は本線と同じ標準軌に改軌されている。ってことはスイッチバックは廃止された今も本線から保線車両を引き込むために活用しているということか。ちなみにプラットフォームはかろうじて確認できるものの線路の部分は樹木が生い茂っていた。言われなければここに線路があるとは気付かないだろう。月日の流れを感じさせる。
さあ、板谷駅を出発しよう。ハイキングの始まりだ。勾配に対応するためかくねくね折れ曲がった道をひたすら進んでいく。そこかしこから湧水が吹き出しているあたりさすが山の中といった感じだ。道で轢かれた蛇の死骸を避けつつ歩いているとあることに気がつく。こんな山道なのにやたら交通量が多いのだ。車・バイク、ひっきりなしに走って行く。これじゃ確かに蛇も車に轢かれるわけだ。ナンバープレートを見ると福島・山形・会津、たまに東京。大半が地元民の車のようだ。生活道路なのかな?もう少し大自然の中のハイキングを想像していただけにちょっと意外。でもこれだけ交通量があれば熊もおいそれとは出てこられないだろう。車の往来は熊よけの鈴よりも頼もしいかも。
実際に歩いてみると歴史を至る所に感じる。今歩いている道よりもっと古い石畳の道があったり忠臣蔵でもおなじみの赤穂藩の家老大野九郎兵衛の供養碑へ至る道があったりする。江戸時代まではこの道が米沢と福島を結ぶ唯一の道だった。物資だけでなく多くの人々も通った道なのだろう。
しばらく歩くと峠駅へ至る分岐路に到達した。ここを左折すれば目的地の峠駅にたどり着く。ちなみに直進する道は舗装の質も悪い雪が積もる冬期に閉鎖するための鉄のゲートが設置されている。なんとも心許ない道だが米沢に抜けるにはこの道を直進するのが正解。道の立派さに惹かれて左折してしまうと峠駅で行き止まりになってしまうのでご注意を。
上り坂から一転して下り坂が多くなる。急峻な斜面にとりあえず作ってみました、という感じの道になり、ガードレールすら無い道から転がり落ちれば人も車もそのまま行方不明扱いされかねない。沢伝いの道を進んでいくとやがて一軒の家が視界に飛び込んできた。そう、これこそが峠の力餅を製造・販売している峠の茶屋である。ずっと歩きづめだったのでまずは峠の茶屋で一服しよう。そうそう、幸い熊には一匹も遭遇することが無かった。ジジ、ありがとう( *´∀`)
峠の力餅最大のポイントは水らしい。峠からわき出る峠の力水を使ってついた餅にはなんともいえない甘さが出るのだとか。峠の茶屋ではそんな峠の力水を使った各種メニューが用意されている。全部食べることが出来ないのは残念だがせめていろんな種類の餅を味わおうとミックス餅を注文してみた。あと飲み物に天然山ブドウ液を注文。するとお店の人から空のコップを手渡され「外にある力水をご自由にお飲みください」とのこと。庭に出るとわき水が飲めるようになっていた。「これが峠の力水か」。コップに一杯汲んで飲んでみる。冷蔵庫で冷やしていたわけでも無いのにひんやりとしていてそしてまろやかな味がする。確かにこの水でついた餅は旨いだろう。思わずもう一杯飲み干してしまう。そうこうしているうちに注文していたミックス餅と山ブドウ水が出てきた。ミックス餅はあんこ、納豆、ずんだ、黒胡麻、クルミの計5個。餅と納豆の相性が良くて驚かされる。餡が甘いのは当たり前だが餡が付いていない部分を食べてもほんのり甘さが口の中に広がる。これが峠の力水の御利益なのだろう。5種類の味を楽しめるミックス餅を選んで大正解だったけど、もしもう一つおまけにどうぞと言われればクルミ餅をリクエストするかな。山ブドウ水は後味のさっぱりしたブドウジュース。くどさが全く無いのはやはり峠の力水のなせる技か。
他にも山菜入りお雑煮餅とか大根おろし餅にきなこ餅、冷たいトコロ天とか食べてみたいメニューは山ほどあるけど残念ながらもうおなかいっぱい(米沢駅でおにぎり食べるんじゃ無かった・・・)。次回以降のお楽しみとして取っておこう。帰り際におなじみの峠の力餅(8個入り千円)をお土産に買っていく。ちなみにホームで売っている峠の力餅は餡を餅でくるんだもの。お店で提供している餅は上に各種餡を乗せたもの。前者はホームでもお店でも買えるけど後者はお店に来ないと食べることが出来ないのでお間違えなく。余談だけどタッパーを持参したら後者の餅もお持ち帰りできたりするのかな?納豆餅とかクルミ餅とか是非お土産に持って帰りたい。
峠の茶屋をあとにしたら行くべき所はあと一つ。徒歩1分で到着する秘境駅の峠駅だ。店を出るとすぐにスノーシェッドが目に飛び込んできた。かつてこの中を列車が走り抜けていたはずだ。スノーシェッドの中に入る。一部レールは認められるものの大部分は車の駐車場として使われている。標準軌に改軌されていた板谷駅と違ってここのレール幅は狭軌のまま。今はもう使われてないようだ。スノーシェッドの中を歩いて行くと照明がほどこされた一角に出る。そうか、ここが現在の峠駅か。目の前にある一面二線のホームからは十分現役感を感じる。と、そのとき列車がやってくる音が聞こえてきた。そして目の前を新幹線つばさが走り抜けていく。駅構内の案内放送等は一切無かったのであっけにとられてしまった。間違いない、ここが最後の目的地・峠駅だ。位置関係がようやく把握できた。現在の峠駅は本線上に移設された。ということはここから旧峠駅への引き込み線が敷かれていたはず。その線路こそがさっきスノーシェッドの中で目にした古い狭軌の線路なのだ。かつて列車は引き込み線の上を進入していき・・・その先に旧峠駅があったわけだからなんと峠の茶屋の目の前あたりが旧峠駅ホームがあった場所ではないか!急いで峠の茶屋付近まで戻る。
そこには岩山があった。振り返ってスノーシェッドを見る。スノーシェッドの中のレールを脳内で延長させると・・・やはり岩山にぶちあたる。なんですか、この岩山?とりあえず岩山に登ってみよう。岩山のてっぺんまで登って気がついた。岩山の背後に今は使われてない架線柱が立っている。かつてここに線路が敷かれていた証しだ。正しい。かつて列車はこの岩山のあるあたりを通過し、その背後にある旧峠駅へと進入していたのだ。岩山は廃線後に築かれたのだ。旧峠駅があったとおぼしきところは既に森に飲み込まれつつあり線路があるかどうかすら分からない。プラットフォームも確認することができなかった。板谷駅と同様峠駅の旧線の遺構も自然に還りつつある。
パシャパシャ写真を撮っていたら人から話しかけられた。「ここって秘境駅なんですか?」。そりゃもう秘境中の秘境でして・・・、ここでハッとさせられる。話しかけてきた人は電車ではなく車でここに来たから秘境度合いが分からないのだ。一度降りたら次の電車まで3時間待ち。確かによほどの物好きでなければ電車で峠駅を訪問しようとはしないだろう。一方で峠駅の駐車場はひっきりなしに車が出入りしている。峠駅・峠の茶屋に来たという人もいればこの先にある温泉(滑川温泉・姥湯温泉という秘湯らしい)に入るついでに寄ってみたという人もいるだろう。鉄道敷設のために作られた峠駅、今後は鉄道で築き上げたブランドをベースに車社会の中で活路を見いだしていくことになるのだろう。
現在の峠駅に戻ろう。もう一つ確認すべき遺構がある。本線から引き込み線へ折り返して進入する列車が一時待機する待機線だ。本線上は優等列車や貨物列車がひっきりなしに通過している。そんな場所で普通列車がちんたら進行方向を変える余裕は無いので本線から枝分かれした待機線に列車を進入させてそこで進行方向を切り替えていた。その待機線がどこかにあるはずだ。探してみよう。構造上引き込み線と待機線はほぼ一直線上に並んでいなければならない。スノーシェッド内の引き込み線を延長していくと現在の峠駅ホームにぶち当たる。ということは待機線はその先にあるはず。現在の峠駅ホームに上ってみよう。よーく目をこらしてみると・・・あった、駅を出発した本線上り線(福島方面)が突っ込むトンネルのすぐ左にもう一つトンネルがある。線路は既に撤去されてるようだがこの使われてないトンネルこそがかつて待機線が敷かれていた場所に違い無い。ちなみに本線が進入するトンネルは峠を突き抜けて板谷駅へと至るが左側の待機線が敷かれていたトンネルは途中で行き止まりになっている。普通列車一編成が収まる程度の奥行きしか無いのである。どん詰まりのトンネルというのもなかなか乙なものである。
楽しかった板谷駅・峠駅の散策も終わろうとしている。そろそろ米沢方面行き普通列車が到着する時間だ。ホームに上がり普通列車の到着を待っていると肩紐で箱を支えた人がホームにやってきた。峠の茶屋の売り子の方だ。「ちから~餅、ちから~餅」列車の到着と同時に売り子の方のかけ声がホームにこだまする。いつもは電車の中からしか観察できてないが今日はホームでじっくり観察できた。列車が到着すると売り子の方は車両最後尾の後部ドア(車掌がいるあたり)から売り始め、先頭車両に向かって歩いて行く。電車の停車時間はせいぜい10~20秒。牧歌的なローカル線時代とは違う。今や山形線(奥羽本線)は東北新幹線に乗り入れる特急つばさがひっきりなしに通る重要路線となった。駅弁のために長時間停車出来る時代ではないのである。以上のことから確実に峠の力餅を買いたかったら、買いたい峠の力餅(8個入り千円)の数だけ千円札を握りしめ(お釣りの出ないように)、峠駅に到着する頃合いを見計らって最後尾車両の最後尾ドアの前で待つ。これでスムーズに峠の力餅を買えるはずだ。
峠を下って米沢駅に到着。同じ区間を行ったり来たりできるのも週末パスのおかげ。コインロッカーから荷物を回収して新幹線つばさの特急券を購入する。今度は新幹線つばさに乗車して峠を越える。峠越えの時に速度が落ちるのは新幹線も一緒なのね。それだけ現在でも難所ということなのだろう。明治期に蒸気機関車が峠越えしていた線路の上を今も新幹線で駆け抜ける。これを浪漫と言わずして何と言おう。