第40回神岡南外花火大会

観覧日時2019年9月14日(土)
18:30~20:30
天候晴れ
主催神岡南外花火大会実行委員会
煙火店(株)北日本花火興業
(株)和火屋
下車駅JR奥羽本線
神宮寺駅 徒歩10分
観覧場所秋田県大仙市
中川原コミュニティ公園
(雄物川河畔)
パンフレット

人間歳を重ねれば自ずと風格が備わってくる。それは花火大会も同じこと。

花火の町大曲の隣町、神宮寺で毎年9月14日にひっそりと開催されている花火大会がある。神岡南外花火大会。8月に大曲で開催される全国花火競技大会「大曲の花火」とは比べようが無いほど知名度は低い。メイン会場で上がる玉のサイズも最大8号玉までと規模も小さい。だが侮ることなかれ。「大曲の花火」を下支えしている地元秋田の有力煙火店二社が打ち上げを担当する知る人ぞ知る花火大会なのだ。

神岡南外花火大会、実は今回で二度目の観覧となる。前回観覧したのは遙か昔15年前の2004年(そのときの様子は第25回観覧記参照)。9月10日に片貝まつりを観覧し、その足で北海道を観光して戻ってきた9月14日に秋田で開催される花火大会があると聞いて何気なく立ち寄ったのが神岡南外花火大会だった。2004年の時点でまだ25回目。ずいぶん若い花火大会だな、というのが第一印象だった。だが実際に観覧してみて驚かされる。花火が目の前で打ち上がる。当時都市部の花火大会でも珍しかった、ましてやローカルな花火大会では望むべくも無かったミュージック(音楽付)スターマインが上がる。信じられない経験の連続だった。そんな神岡南外花火大会も今年で節目の40回目を迎える。人間に例えるなら40歳。十分貫禄もついた。加えて今年は三連休の初日の土曜日に開催される。2週間前に大曲の花火を観覧しに秋田に来たばかりだが今年は久しぶりに神岡南外花火を観覧するために再度秋田の地を訪れることにした。

はやぶさ・こまち21号(電光掲示板)
はやぶさ・こまち21号
12時20分東京駅発のこまち21号で大曲に向かう

12時過ぎに東京駅を出発して15時半には大曲駅に到着。新幹線使うと東京と大曲ってこんなに近いのか。大曲駅から一駅先の神宮寺駅へは在来線で向かう。乗り換え時間が30分ほどあるのでこの間にちょっと所用を。2週間前の今日、大曲の花火のときに果たせなかったお土産を買う。買ったのは三杯もち。ういろうのような餅のような、素朴で懐かしい秋田の郷土菓子だ。

こまち21号大曲駅にて
15時半には大曲駅に到着
三杯もち
秋田の郷土菓子の三杯もち

心残りだった秋田のお土産も購入したことだし早速最寄り駅の神宮寺駅に向かおう。盛岡から大曲までの間は新幹線と在来線は同じ単線の上を走るが大曲から秋田までの間は在来線と新幹線は隣り合う別々の線路の上を走る。神宮寺駅に降りたときに在来線と新幹線が併走するシーンを目撃したときは思わず違和感を感じた。だが在来線と新幹線を見送ったあとも何か違和感が残る。何だろう?その違和感の正体はすぐに分かった。駅舎が新しくなっていたのだ。2004年に来たとき神宮寺駅舎はまだ典型的なローカル路線のそれだった。それが今や郷土を紹介する展示コーナー(日本酒と並び神岡南外花火も紹介されている)まで設けられるほどしゃれた駅舎になっていた。時の流れに驚きながら駅舎を後にする。

神宮寺駅
神宮寺駅。久々に訪問したら駅舎が改築されていた
神宮寺駅構内の郷土紹介コーナー
神宮寺駅の構内には郷土を紹介する一角が設けられていた。もちろん神岡南外花火も紹介されている

田んぼが広がるのどかな道を10分も歩くと会場である中川原コミュニティ公園に到着した。この公園は雄物川の河川敷の一部。観客は土手のり面にシートを敷いて花火を観覧する。土手のり面には何カ所か階段が設けられていてそこからも観覧できる。15年前はまだ観客数も少なく、階段の最前列で寝転んだり立ってみたり好き勝手できた(詳しくは2004年大会の観覧記を参照)。それがどうだろうか、今年2019年は主要な階段は通路を除きほぼ取り尽くされてる。この15年で観客数はかなり増えたようだ。仕方ないので相当左にずれるが公園端のまだ空きが残ってる階段から観覧することにした。

会場へ向かう
道中にはのどかな田園風景が広がる
会場
16時半ごろの会場の様子。15年前に比べると混雑度が増している。ちなみに背後にそびえ立つ円錐形の山は神宮寺嶽。これら山々が花火の音をよく反響させる

左端に場所取りした理由は実はもう一つある。風向きだ。予報によれば今日は南東の風が吹く。なので左から見れば煙に邪魔されないはず。だが定期雷を見る限り風向きは予報とは違う南西の風。(ノ∀`)アチャー。これじゃ風下じゃないか。とはいえ風と言っても上空でようやく微風レベル。地上の煙に至ってはいつまでも滞留している始末。今日はどこから観覧しても煙に悩まされるかもしれない。

観覧場所
観覧場所から打ち上げ地点を臨む

会場周辺を散策してみよう。確保した観覧場所はだいぶ左端になるがスピーカー(音質・音量とも15年前より進化している)は目の前にも設置されてるので音楽・アナウンスは問題無く聞こえる。観客は基本的に土手のり面から観覧することになるが一部は土手の背後に陣取っている人もいる。主にカメラマンだ。打ち上げ地点が近いのでなるべく引いて撮影しないと全景を収められないのかもしれない。大会本部付近に行ってみる。プログラムが50円で売っていたので一部購入した。大会本部脇には地元で取れたミニトマトの即売所が設けられていた。また地元の酒造メーカーの協賛によりお酒が無料で振る舞われるなどアットホームな感じは2004年のときと変わらない(2004年は甘酒かけんちん汁が無料で振る舞われていたと記憶)。逆に目新しかったのは地元コミュニティラジオ局のブース。FMはなびという近年開局したラジオ局らしい。神岡南外花火の実況中継をするのだろう。ネットでも視聴できるらしいので毎月何かしらの花火があがる大曲の様子を遠方からうかがいたいときは是非聞いてみたい。

大会本部
会場では地元酒造メーカーが無料でお酒を振る舞っていた

神岡南外花火大会名物のフラダンスの余興が終わって18時半、いよいよ打ち上げ開始。多くの花火大会と同様に神岡南外花火大会も河川敷から花火が打ち上がる。だが河川敷といっても川を挟んだ向こう側のことではない。川の手前、要は目の前から花火が上がる。保安距離を十分確保できないため最大8号玉までしか打てないが場所が近いので迫力がある。8号玉クラスになると開発した花火の盆は頭上越えしているのでは、と錯覚するほどだ。それだけではない。背後にある神宮寺嶽に花火の音がこれまたよく反響する。この音の響きは神岡南外花火の特徴の一つだ。話は変わるが弱い向かい風のためか降灰が凄い。観覧の最中脱いで揃えていた靴に何か飛び込んだ気がしたので靴をひっくり返してみたら中から花火の燃えかすが転がり落ちてきた(;^ω^)。

  • 祝40回記念大会 開始号砲オープニングスターマイン
    SS:1/60 F値:6.3 ND4 ISO:AUTO(MAX12800) W/B:白色蛍光灯 Exp:+2 PictureStyle:風景 MIC:WM-61A改
    FullHD(60P) VP9(CRF30) Opus(320kpbs)
花火の燃えかす
靴をひっくり返したら中から花火の燃えかすが出てきた

ローカルな花火大会といえどここは花火のまち大曲の隣町。号令をかけるおじさんは大曲の花火でもおなじみのおじさんだし(たぶん)、大仙市市長も挨拶にやってくる。町をあげて、市をあげて神岡南外花火大会を盛り上げようという心意気が伝わってくる。そうそう、15年前の2004年は大仙市市長ではなく町長か村長が挨拶をしていたっけな?ちょうど平成の大合併の頃でここ大曲も周辺の村や町が合併して大仙市に生まれ変わろうとしていた頃だった。その頃はギリギリまだ大仙市も大仙市市長も存在していなかったのである。

  • No.14 超特大創造花火
    No.14 超特大創造花火
  • No.15 超ジャンボスターマイン
    No.15 超ジャンボスターマイン
  • No.22 超特大創造花火
    No.22 超特大創造花火
  • No.22 超特大創造花火
    No.22 超特大創造花火
  • (株)北日本花火興業 No.28 メモリアル花火120連発
    No.28 メモリアル花火120連発
    (株)北日本花火興業
  • (株)北日本花火興業 No.28 メモリアル花火120連発
    No.28 メモリアル花火120連発
    (株)北日本花火興業
  • (株)北日本花火興業 No.28 メモリアル花火120連発
    No.28 メモリアル花火120連発
    (株)北日本花火興業
  • (株)北日本花火興業 No.28 メモリアル花火120連発
    No.28 メモリアル花火120連発
    (株)北日本花火興業
  • No.31 5号5連発・7号2連発
    No.31 5号5連発・7号2連発
No.28 メモリアル花火120連発 (株)北日本花火興業(3min 51sec)

15年で打ち上げ内容にも変化が見られた。15年前の2004年はミュージックスターマインは2つぐらいしか無かった(それでも2004年当時としては十分な内容)。それが今やプログラムのそこかしこにミュージックスターマインがちりばめられるようになった。写真で撮影していて「ああ、このプログラムは動画で撮っておくべきだった」と何度も後悔させられたほどだ。そして40回記念大会ならではのうれしいおまけも。プログラムには最大号数は8号玉までしか書かれていないがいくつかのスターマインでは明らかに10号玉と思われる玉が打ち上げられていた。プログラムには明記せずさりげなくスターマインに10号玉を入れてくる演出は実に心憎い。当然メイン会場では保安距離の制限上10号玉は上げられないので会場からだいぶ左側に離れた場所から上げられていた。偶然なのか演出なのかその位置から上がる10号玉がちょうど東の空から登ってきた中秋の名月と見事なコラボレーションを作る。まさにあっぱれな10号玉だった。

  • No.34 ジャンボ超特大創造花火
    SS:1/60 F値:7.1 ND4 ISO:AUTO(MAX12800) W/B:白色蛍光灯 Exp:+2 PictureStyle:風景 MIC:WM-61A改
    FullHD(60P) VP9(CRF30) Opus(320kpbs)
    ※以下同設定
  • No.39 超特大スペシャルスターマイン
  • No.43 超特大創造花火

プログラムも進行し、いよいよラスト「No.48 超特大花火ファンタジアスペシャル」ということろでトラブル発生。カメラのバッテリー残量が1目盛りまで減少していたけどプログラム一つならぎりぎり持つかな?と思ったのが甘かった。動画モードで撮影していたら花火がいよいよ打ち上げという段階で無情にもバッテリー切れ。慌てて三脚からカメラを下ろし予備バッテリーに交換。花火はもう打ち上がり始め三脚に戻す余裕は無かったのでそのまま手持ちで動画を撮影することに。残量表示は過小評価しちゃだめね。

ラストの花火はちょうど目の前で打ち上げられた。ここは会場左端だと思っていただけにうれしい誤算だ。ただ花火に合わせて披露された炎の演出は会場中央付近(フラダンスが披露された場所)でなされていたためそれも含めて楽しみたい人はやはり会場中央付近から見るのが妥当だろう。大曲の花火の大会提供をコンパクトにまとめたような花火にしばし魅了される。

  • No.48 超特大花火ファンタジアスペシャル
    SS:1/60 F値:6.3 ND4 ISO:AUTO(MAX12800) W/B:白色蛍光灯 Exp:+2 PictureStyle:風景 MIC:WM-61A改
    FullHD(60P) VP9(CRF30) Opus(320kpbs)

収録の話もしておこう。今回は撮影・録画・録音のフル装備で臨んだ。2週間前の大曲の花火の時は録音した音声のうち左チャンネルの音量が落ちるという以前にも経験したトラブルに久々に見舞われた。原因を特定する必要がある。そこで今回は左右のマイクプリアンプを入れ替え、さらにライン入力に入れていたところをマイク入力に変えてみた。条件を少しずつ変え原因を探っていく。結果だがやはり今回も左チャンネルに音量低下の現象が見られた。少なくともマイクプリアンプ単体に起因したり、レコーダーの入力に起因するわけでは無さそうだ。左チャンネルのマイクとマイクプリアンプの相性の問題なのだろう。

なおマイク入力はライン入力より40dB近く感度が高いのでマイクプリアンプのゲインを-10dBから-50dBまで一気に下げた。これだけで花火の大音量を十分に抑え切れてるか自信が無かったのでプログラムの中盤でレコーダーが搭載する-20dBのアッテネータもオンにしてみたところ音の鮮度がガクッと落ちた。BGMや会場内のざわめきといった比較的小さい音が後日編集で音量を上げても再現できないのである。録音時にボリュームを絞りすぎたことでそのレコーダーが持つ最小分解能を下回ってしまったのだろうか。16bitではなく24bit/32bitで録音できるレコーダーだとまた違ってくるのかもしれない。

15年ぶりとなる神岡南外花火大会の観覧は無事終了した。途中から天気予報の通り南東の風に変わってくれたおかげで煙に全く悩まされること無く第40回という記念すべき節目の大会を見終えることが出来たのは特筆すべきことだろう。これだけの規模の花火を40回も続けてきたのだから地元のローカル花火大会の枠を越えて県外からの観光客を呼び込む下地は十分整ったと思う。

一方で観光地ずれしていない、地元のローカルな花火大会に居心地の良さを感じていることも事実だ。そこかしこで秋田弁が飛び交う会場にいると別に地元が秋田というわけでも無いのに故郷に帰ってきたかのような郷愁にかられる。このままであって欲しい気持ちともっと多くの観客に見て欲しい、二つの相反する気持ちが複雑に入り交じる。

中秋の名月と神宮寺嶽
中秋の名月と神宮寺嶽

機材の撤収作業を終えてふと周りを見渡すとあれほどいた観客は潮を引くようにいなくなっていた。フットワークの軽さは地元民の証し。観客の大半はご近所さんだったのだろう。静まりかえった道を通って駅まで歩いているとどこからかカラオケの音が聞こえてくる。そういえば花火大会の後は毎年恒例のカラオケ大会が開催されているとアナウンスされていたっけ。駅に着くと観光バスが一台出発しようとしているところに出くわす。神岡南外花火大会も旅行会社によってツアーが組まれるようになったのかな?そんなことを思いながらこの時間帯は無人駅となった神宮寺駅のホームに上がる。ホームには地元の乗客に混ざって花火帰りの観客の姿も見かけたがホームが溢れかえるほどいるわけでもない。しばらく待つと秋田方面から新庄行き普通列車が到着した。4両編成であることに驚愕し、乗車すると案の定車内はガラガラで好きなシートに座ることが出来た。「まだまだ十分キャパがあるのにな」空いてる車内でそんなことを思いながら本日の寝床がある横手駅に向かった。

ツアーバス
神宮寺駅を出発したツアーバス

おまけ ~JR山形線(奥羽本線)峠駅を訪ねて~

横手駅の駅前に今年オープンしたマンガ喫茶で一夜を過ごす。その横手駅もおしゃれな駅舎にリニューアルされていた。時の流れを感じさせられる。

さて今日は三連休の中日。このまま黙って帰るのはもったいない。今回は週末の連続二日間、関東甲信越南東北のJR・三セクが乗り放題となる週末パスというお得な切符を使って旅をしている(あいにく今は青春18切符の期間外)。まだ1日フルで使える。というわけで今日はかねてより興味があった山形線(奥羽本線)の峠駅という秘境の駅を散策してみることにしよう。

実はこの峠駅、東北地方で開催される花火から帰るときに何度か通ったことがある。本数が少ないため下車したことは無かったが同駅で売られている峠の力餅を電車のドア越しに買ったことがある。かつてはどこの観光地でも目にした列車の窓越しの駅弁販売も今はめっきり見かけなくなった。ここ峠駅は駅弁スタイルで名物のお餅を売り続ける続ける数少ない駅の一つだ。今回はその峠駅を訪問してみる。駅前に峠の力餅を製造しているお店もあると聞く。どんなお店か楽しみだ。

横手駅からひたすら在来線を乗り継いでいく。もともと普通列車はそんなに走っていない路線ではあるがなかでも峠駅がある区間は人家もまばらな峠越えとなるためとりわけ普通列車の本数は少ない(だから秘境駅と呼ばれている)。昼の次は夕方まで列車は来ない。何も無い秘境駅で3時間ひたすら次の列車を待ち続けるのは忍耐の限界にチャレンジするようなもの。そこで今回は峠駅と峠を挟んでお隣にある板谷駅(こちらは集落がある)でまず降り、そこから峠駅まで歩き、峠駅を十分堪能したら夕方の普通列車で米沢駅に戻る、というプランを立ててみた。

ちょっとしたハイキング、と言いたいところだが実は板谷駅と峠駅の間には板谷峠がそびえ立っている。そして緑豊かなこの山間の峠は必然的に熊の出没エリアだったりする。今回ここを踏破するわけで熊よけの鈴と熊よけのスプレーぐらいは持参したい。というわけで乗換時間を使って新庄駅や山形駅、米沢駅で熊よけグッズを探してみた。が、熊よけのスプレーはおろか熊よけの鈴すら売ってない。山形県民の皆さんは熊怖くないんですかね(;^ω^)?そんなおり途中立ち寄った山形駅の駅ビル4階にお店を構えていたスタジオジブリ作品のグッズを取り扱うショップ「どんぐりの森」でジジの鈴「魔女の宅急便 ころりん根付ねつけ」を見かける。熊よけの鈴とはほど遠いけど何も無いよりマシと言うことでこれを購入。ジジを選んだ理由は可愛いからo(^-^)o♪というのもあるが何よりもジジの鈴が一番大きな音で鳴ってくれたから。次点でまっくろくろすけの鈴、その次がカオナシの鈴。一個800円強。頼むよジジ、ちゃんと熊から守ってくれよ(´;ω;`)・・・。

熊出没注意
板谷-峠間は熊出没エリアでもある
ジジの鈴
山形駅にてジジの鈴を購入。これがまたいい音で鳴ってくれる

米沢駅のコインロッカーに撮影機材一式、おみやげ、雑多な荷物などを放り込む。持参するのはリュックとカメラと熊よけに買ったジジの鈴ぐらい。峠越えと熊との遭遇に備えてなるべく身軽にしておく。米沢駅周辺は晴天だが峠方面を見ると雲に覆われている。山の天気は変わりやすい。折りたたみ傘も持参しておこう。

板谷駅
板谷駅にて下車

米沢駅発の普通電車に乗る。一つ目の関根駅を過ぎるあたりから車内にいても勾配を感じるほどの山道を登り始める。大沢駅、峠駅(今はそのまま乗り過ごす)、そして板谷駅。ここで降りる。板谷駅で降りた乗客は自分一人。電車を見送ると駅構内はひっそりと静まりかえった。板谷駅も含め周辺4つの駅はもともとスイッチバック方式の駅だった。性能が非力な頃の列車は坂道発進が大の苦手。スイッチバック方式にして加速を付けてからでないと登り切ることができなかったからだ。しかし山形新幹線開通と同時にスイッチバック方式は廃止。今の電車は性能も上がったので本線上に新たに作られた駅から普通に坂道発進していく。そんな板谷駅にせっかく来たのだからスイッチバック時代の駅の遺構でも見に行こう。本線から枝分かれした線路をたどりスノーシェッド(ポイントを積雪から保護する覆い)を抜けると保線用車両が止まっていた。このあたりが旧板谷駅があった場所だ。今気付いたけどここの線路は本線と同じ標準軌に改軌されている。ってことはスイッチバックは廃止された今も本線から保線車両を引き込むために活用しているということか。ちなみにプラットフォームはかろうじて確認できるものの線路の部分は樹木が生い茂っていた。言われなければここに線路があるとは気付かないだろう。月日の流れを感じさせる。

板谷駅の引き込み線
本線から分岐した引き込み線はスノーシェッドに進入する
板谷駅を眺める
スノーシェッドの中で振り返り、今降りた現板谷駅を臨む
保線車両
旧板谷駅には保線車両が留置されていた。保線車両の右側には草に覆われたプラットフォーム跡が見える
旧板谷駅
旧板谷駅プラットフォーム上から線路を眺めるも線路は生い茂った草木に完全に覆われていた

さあ、板谷駅を出発しよう。ハイキングの始まりだ。勾配に対応するためかくねくね折れ曲がった道をひたすら進んでいく。そこかしこから湧水が吹き出しているあたりさすが山の中といった感じだ。道で轢かれた蛇の死骸を避けつつ歩いているとあることに気がつく。こんな山道なのにやたら交通量が多いのだ。車・バイク、ひっきりなしに走って行く。これじゃ確かに蛇も車に轢かれるわけだ。ナンバープレートを見ると福島・山形・会津、たまに東京。大半が地元民の車のようだ。生活道路なのかな?もう少し大自然の中のハイキングを想像していただけにちょっと意外。でもこれだけ交通量があれば熊もおいそれとは出てこられないだろう。車の往来は熊よけの鈴よりも頼もしいかも。

県道232号
これから歩く県道232号は旧板谷駅引き込み線のスノーシェッドの真上を横切る
県道232号
峠駅に向かって板谷峠を越えていく

実際に歩いてみると歴史を至る所に感じる。今歩いている道よりもっと古い石畳の道があったり忠臣蔵でもおなじみの赤穂藩の家老大野九郎兵衛の供養碑へ至る道があったりする。江戸時代まではこの道が米沢と福島を結ぶ唯一の道だった。物資だけでなく多くの人々も通った道なのだろう。

赤穂藩家老大野九郎兵衛の供養碑
赤穂藩家老大野九郎兵衛の供養碑
板谷峠
携帯はほぼ圏外。文明はしばし忘れて自然と歴史を堪能しよう

しばらく歩くと峠駅へ至る分岐路に到達した。ここを左折すれば目的地の峠駅にたどり着く。ちなみに直進する道は舗装の質も悪い雪が積もる冬期に閉鎖するための鉄のゲートが設置されている。なんとも心許ない道だが米沢に抜けるにはこの道を直進するのが正解。道の立派さに惹かれて左折してしまうと峠駅で行き止まりになってしまうのでご注意を。

分岐
峠駅に行くにはこの分岐路を左折する
米沢方面
米沢方面に行きたい場合は直進する。ただし悪路になるうえ雪が積もり冬期はここでゲートが閉鎖され通行不能になる

上り坂から一転して下り坂が多くなる。急峻な斜面にとりあえず作ってみました、という感じの道になり、ガードレールすら無い道から転がり落ちれば人も車もそのまま行方不明扱いされかねない。沢伝いの道を進んでいくとやがて一軒の家が視界に飛び込んできた。そう、これこそが峠の力餅を製造・販売している峠の茶屋である。ずっと歩きづめだったのでまずは峠の茶屋で一服しよう。そうそう、幸い熊には一匹も遭遇することが無かった。ジジ、ありがとう( *´∀`)

崖
道にはガードレールすら無い。歩行者も乗用車も転落しないよう気をつけよう
峠の力餅
一軒家が視界に飛び込んできた。よく見ると「峠の力餅」の看板が・・・目的地の峠駅に着いたようだ

峠の力餅最大のポイントは水らしい。峠からわき出る峠の力水を使ってついた餅にはなんともいえない甘さが出るのだとか。峠の茶屋ではそんな峠の力水を使った各種メニューが用意されている。全部食べることが出来ないのは残念だがせめていろんな種類の餅を味わおうとミックス餅を注文してみた。あと飲み物に天然山ブドウ液を注文。するとお店の人から空のコップを手渡され「外にある力水をご自由にお飲みください」とのこと。庭に出るとわき水が飲めるようになっていた。「これが峠の力水か」。コップに一杯汲んで飲んでみる。冷蔵庫で冷やしていたわけでも無いのにひんやりとしていてそしてまろやかな味がする。確かにこの水でついた餅は旨いだろう。思わずもう一杯飲み干してしまう。そうこうしているうちに注文していたミックス餅と山ブドウ水が出てきた。ミックス餅はあんこ、納豆、ずんだ、黒胡麻、クルミの計5個。餅と納豆の相性が良くて驚かされる。餡が甘いのは当たり前だが餡が付いていない部分を食べてもほんのり甘さが口の中に広がる。これが峠の力水の御利益なのだろう。5種類の味を楽しめるミックス餅を選んで大正解だったけど、もしもう一つおまけにどうぞと言われればクルミ餅をリクエストするかな。山ブドウ水は後味のさっぱりしたブドウジュース。くどさが全く無いのはやはり峠の力水のなせる技か。

峠の力水
峠の力餅を支える峠の力水。お店で食事を取ると空のコップを渡されるので自由に汲んで飲むことが出来る。
ミックス餅と天然山ブドウ液
ミックス餅と天然山ブドウ液を注文

他にも山菜入りお雑煮餅とか大根おろし餅にきなこ餅、冷たいトコロ天とか食べてみたいメニューは山ほどあるけど残念ながらもうおなかいっぱい(米沢駅でおにぎり食べるんじゃ無かった・・・)。次回以降のお楽しみとして取っておこう。帰り際におなじみの峠の力餅(8個入り千円)をお土産に買っていく。ちなみにホームで売っている峠の力餅は餡を餅でくるんだもの。お店で提供している餅は上に各種餡を乗せたもの。前者はホームでもお店でも買えるけど後者はお店に来ないと食べることが出来ないのでお間違えなく。余談だけどタッパーを持参したら後者の餅もお持ち帰りできたりするのかな?納豆餅とかクルミ餅とか是非お土産に持って帰りたい。

峠の力餅
駅弁として売られている峠の力餅は店舗でも買うことが出来る

峠の茶屋をあとにしたら行くべき所はあと一つ。徒歩1分で到着する秘境駅の峠駅だ。店を出るとすぐにスノーシェッドが目に飛び込んできた。かつてこの中を列車が走り抜けていたはずだ。スノーシェッドの中に入る。一部レールは認められるものの大部分は車の駐車場として使われている。標準軌に改軌されていた板谷駅と違ってここのレール幅は狭軌のまま。今はもう使われてないようだ。スノーシェッドの中を歩いて行くと照明がほどこされた一角に出る。そうか、ここが現在の峠駅か。目の前にある一面二線のホームからは十分現役感を感じる。と、そのとき列車がやってくる音が聞こえてきた。そして目の前を新幹線つばさが走り抜けていく。駅構内の案内放送等は一切無かったのであっけにとられてしまった。間違いない、ここが最後の目的地・峠駅だ。位置関係がようやく把握できた。現在の峠駅は本線上に移設された。ということはここから旧峠駅への引き込み線が敷かれていたはず。その線路こそがさっきスノーシェッドの中で目にした古い狭軌の線路なのだ。かつて列車は引き込み線の上を進入していき・・・その先に旧峠駅があったわけだからなんと峠の茶屋の目の前あたりが旧峠駅ホームがあった場所ではないか!急いで峠の茶屋付近まで戻る。

スノーシェッド
峠の茶屋を後にするとすぐ目に飛び込んでくるのがスノーシェッド
レール
レールの痕跡はかつてこのスノーシェッドの中を列車が走っていた証し
特急つばさ
突然目の前を新幹線つばさが駆け抜けてあっけにとられる
峠駅
間違いない、ここが峠駅だ
峠駅
現在の峠駅もスノーシェッドにすっぽり覆われている

そこには岩山があった。振り返ってスノーシェッドを見る。スノーシェッドの中のレールを脳内で延長させると・・・やはり岩山にぶちあたる。なんですか、この岩山?とりあえず岩山に登ってみよう。岩山のてっぺんまで登って気がついた。岩山の背後に今は使われてない架線柱が立っている。かつてここに線路が敷かれていた証しだ。正しい。かつて列車はこの岩山のあるあたりを通過し、その背後にある旧峠駅へと進入していたのだ。岩山は廃線後に築かれたのだ。旧峠駅があったとおぼしきところは既に森に飲み込まれつつあり線路があるかどうかすら分からない。プラットフォームも確認することができなかった。板谷駅と同様峠駅の旧線の遺構も自然に還りつつある。

岩山
引き込み線をたどっていくと…
岩山
岩山に行き当たる
旧峠駅方面
岩山をよじ登り、森に還りつつある旧峠駅を眺める

パシャパシャ写真を撮っていたら人から話しかけられた。「ここって秘境駅なんですか?」。そりゃもう秘境中の秘境でして・・・、ここでハッとさせられる。話しかけてきた人は電車ではなく車でここに来たから秘境度合いが分からないのだ。一度降りたら次の電車まで3時間待ち。確かによほどの物好きでなければ電車で峠駅を訪問しようとはしないだろう。一方で峠駅の駐車場はひっきりなしに車が出入りしている。峠駅・峠の茶屋に来たという人もいればこの先にある温泉(滑川温泉・姥湯温泉という秘湯らしい)に入るついでに寄ってみたという人もいるだろう。鉄道敷設のために作られた峠駅、今後は鉄道で築き上げたブランドをベースに車社会の中で活路を見いだしていくことになるのだろう。

現在の峠駅に戻ろう。もう一つ確認すべき遺構がある。本線から引き込み線へ折り返して進入する列車が一時待機する待機線だ。本線上は優等列車や貨物列車がひっきりなしに通過している。そんな場所で普通列車がちんたら進行方向を変える余裕は無いので本線から枝分かれした待機線に列車を進入させてそこで進行方向を切り替えていた。その待機線がどこかにあるはずだ。探してみよう。構造上引き込み線と待機線はほぼ一直線上に並んでいなければならない。スノーシェッド内の引き込み線を延長していくと現在の峠駅ホームにぶち当たる。ということは待機線はその先にあるはず。現在の峠駅ホームに上ってみよう。よーく目をこらしてみると・・・あった、駅を出発した本線上り線(福島方面)が突っ込むトンネルのすぐ左にもう一つトンネルがある。線路は既に撤去されてるようだがこの使われてないトンネルこそがかつて待機線が敷かれていた場所に違い無い。ちなみに本線が進入するトンネルは峠を突き抜けて板谷駅へと至るが左側の待機線が敷かれていたトンネルは途中で行き止まりになっている。普通列車一編成が収まる程度の奥行きしか無いのである。どん詰まりのトンネルというのもなかなか乙なものである。

待機線
レールは撤去されてしまったがかつて待機線が敷かれていたトンネルはしっかり残っていた。待機線が敷かれていたトンネルの先は行き止まりになっている

楽しかった板谷駅・峠駅の散策も終わろうとしている。そろそろ米沢方面行き普通列車が到着する時間だ。ホームに上がり普通列車の到着を待っていると肩紐で箱を支えた人がホームにやってきた。峠の茶屋の売り子の方だ。「ちから~餅、ちから~餅」列車の到着と同時に売り子の方のかけ声がホームにこだまする。いつもは電車の中からしか観察できてないが今日はホームでじっくり観察できた。列車が到着すると売り子の方は車両最後尾の後部ドア(車掌がいるあたり)から売り始め、先頭車両に向かって歩いて行く。電車の停車時間はせいぜい10~20秒。牧歌的なローカル線時代とは違う。今や山形線(奥羽本線)は東北新幹線に乗り入れる特急つばさがひっきりなしに通る重要路線となった。駅弁のために長時間停車出来る時代ではないのである。以上のことから確実に峠の力餅を買いたかったら、買いたい峠の力餅(8個入り千円)の数だけ千円札を握りしめ(お釣りの出ないように)、峠駅に到着する頃合いを見計らって最後尾車両の最後尾ドアの前で待つ。これでスムーズに峠の力餅を買えるはずだ。

峠駅
米沢行き普通列車に乗車し峠駅を後にする

峠を下って米沢駅に到着。同じ区間を行ったり来たりできるのも週末パスのおかげ。コインロッカーから荷物を回収して新幹線つばさの特急券を購入する。今度は新幹線つばさに乗車して峠を越える。峠越えの時に速度が落ちるのは新幹線も一緒なのね。それだけ現在でも難所ということなのだろう。明治期に蒸気機関車が峠越えしていた線路の上を今も新幹線で駆け抜ける。これを浪漫と言わずして何と言おう。

米沢駅
米沢駅に戻り山形新幹線つばさ号に乗車する