神奈川新聞花火大会は初めてレコーダーとマイクを携えて録音に望んだ記憶に残る大会でもある。録音といっても去年の今頃はまだ自前の機器は所有しておらず、Heavy Moonというオーディオビジュアル専門店に掛け合ってマイクDPA4061を2本とSONYの業務用DATレコーダーPCM-2000を一日限りレンタルさせてもらって録音に臨んだ(現在レンタル業務は他会社に委託)。結果は大満足、腹にズシリと響く花火の重低音から観客の歓声まで見事に収録することができた。これも「花火の音と観客の歓声、全く異なる音域の音を同時に取るなら周波数特性がフラットでかつ花火の大きい音にも負けない最大SPL(音圧)の高めのマイクがいい」というHeavy Moonのスタッフの方のアドバイスのおかげだ。
録音はほぼ大成功に終わった。しかし情けないことにどんな花火大会だったかはさっぱり思い出すことができない。本格的な花火大会の会場におもむいて花火を見たのはそのときが人生で三回目という経験の少なさも理由の一つだろう。前日に借りたばかりで操作に不慣れなレコーダーのモニタリングやレベル調整作業に追われのんきに花火を見てる余裕が無かったのも影響したのかもしれない。ただ一つはっきり覚えているのは花火大会の途中でそれまで見たものとは明らかに一線を画す玉が打ち上がり、観客の悲鳴とともに遙か上空で炸裂したその玉は、それまでコツコツと最適な音量レベルを探してきた努力をあざ笑うかのごとく派手なレベルオーバーを引き起こし散っていったということだ。それが二尺玉であること、そして京浜地区で開催される花火大会では滅多にお目にかかることができない大玉であることを知ったのはだいぶ後になってからである。
花火大会は毎年8月1日固定のようだが去年はたまたま日曜日に重なったとあってすごい数の人出だった。午後2時の時点で臨港パークはあらかた取り尽くされていた。運良く一人分のスペースは確保できたがそのときの反省で次からは余裕を持って現地入りしようと心に誓った。今年は平日の月曜開催だから去年ほどは混まないとは思うが念には念を入れて午前9時に現地入りすることにした。
会場の臨港パークに着くとちょっと拍子抜け。ほとんど人がいない。確かに最前列の方はビニールシートであらかた覆い尽くされているがそこに人の姿はあまり無い。おそらく前日からの場所取り組か朝一番に来て場所だけ確保したらさっさと帰ってしまったのだろう。無理もない。天気予報は夕刻所により雷雨と報じていたが今は明らかに快晴。この時間から炎天下にさらされていたら花火が始まる頃には倒れてそうだ。というわけで去年は混雑していてとても取れなかったような最前列付近にシートをこぢんまりと敷くと私もこの場から退散することにした。ここはみなとみらい21地区、時間を潰す場所には不自由しない。
ちなみに今回投入するマイクは7月のみなと祭国際花火大会に投入が間に合わなかったWM-61A改(ステンレスパイプ固定仕様)だ。あのときは当日直前になって左右の音量バランスが崩れていることが判明して急遽投入を取りやめた。今回は満を持して音質があうペアカプセルを選別しておいた。レコーダーでのエアチェックもACアダプタではなく電池駆動で実践的に行ったから問題ないだろう。マイクカプセルをステンレスパイプに固定する方法は金属対応のエポキシパテを使用することで対応した。ステンレスパイプの内側から二液混合式のエポキシ剤を注入してカプセルを固定する従来の方法だとカプセルの内部に液が浸透してしまうのかマイクの特性が変わってしまったことがあったから今回は違う方法で望んだわけだ。
ちなみにマイクの製作に失敗した前回、録音はDPA4062の1本(モノラル)で敢行したが実は空いたもう1チャンネルに比較的まともに仕上がっていたほうのWM-61Aをつないで同時に録音していた。ところが帰ってきてから音のチェックをしてみてビックリ。WM-61Aの方はまるでトイレットペーパーの芯の一端を耳に押し当てて聞いているような音に仕上がっていたのだ。マイクを装着したのとは反対側のステンレスパイプの端が開放されていたため、そこから回り込んでステンレスパイプ内に侵入してきた音が反響しながらマイクカプセルに到達、マイクカプセルの反対側から音が伝わって拾われたのかもしれない。いずれにせよ前回これを本番に投入しなくて良かった。昼から一生懸命場所取りして結果がこれじゃひどくがっかりさせられたはずだ。
さてその対策を取らなければならない。ステンレスパイプの反対側から侵入した音が悪さをしているのならば侵入しないようふさいでしまえばいいはずだ。試しにティッシュペーパをパイプの反対側に堅く詰めてみると果たして音のこもった感じは払拭された。というわけで穴をふさげば問題は解決できそうだ。方法はいろいろあるとは思うが今回は簡単にホットボンドでふさぐことにしてみた。なおこれは後日談だが、この方法だとケーブルにテンションをかけるとホットボンドとケーブルの接着がはずれてしまうことが判明。それぐらいで音が侵入してくることは無いが、ホットボンドを使ったのは不用意にケーブルが引っ張られたときマイクにハンダ付けした部分に力が加わってちぎれてしまうのを防ぐためという目的もある。ケーブルとステンレスパイプをホットボンドで接着することでケーブルに対するテンションは全てこの部分で吸収することができる。ところがホットボンドとケーブルの接着が外れてしまっては意味がない。これに関してはまた新たな対策を取る必要がありそうだ。
昼食を取ったあと会場にむかってみると大会本部が設営されているところに出くわした。そうそう、今日のプログラムを頂いておかなければ。まだ本部の設営途中だったが無理を言ってプログラムを一部譲って頂いた。他の花火大会とは違って新聞調のプログラムだ。そういえば今日の花火の主催は神奈川新聞社だっけ。こういうところにも個性やこだわりが感じられる。さて、そのプログラムにざっと目を通して本日の目玉を探す。神奈川新聞花火大会の目玉といったらそれは例の二尺玉、今年は合計3発上がるらしい。二尺玉が上がるからか保安距離はかなり遠くに設定されている。おそらく打ち上げ台船に最も近いであろうここ臨港パークでも台船との距離はかなりある。去年臨港パークで観覧したときも予想以上に遠くで花火が上がったのが印象的だった。だから撮影がメインの場合でもおそらく臨港パーク最前列でも近すぎるということは無いだろう。
さて録音の方は従来通りステレオAB録音で臨み、2つのマイク間距離は広めの1.6m。マイク間距離は広いほど音源の定位がはっきりする。特に遠くで上がる花火の場合は今までの50cm程度のマイク間距離でははっきり定位できるほどの解像度は得られなかった。というわけで今回は試験的に距離を広げてみたわけだ。
午後7時15分、定刻通り打ち上げが開始された。やはり思った通り打ち上げ場所は遠い。二尺玉も上がるというのでデジカメ用のワイドコンバージョンレンズ(広角レンズ)を持ってきたが二尺玉以外使う機会はなさそうだ。プログラムの初めの方は4号5号を中心とした早打ちやスターマインとあって標準レンズですら余裕を感じる。打ち上げ台船は1隻だけで小玉も二尺玉も全て同じ船から打ち上がる。従って小玉も二尺玉の保安距離に従うためより小さく感じられる。一般的な花火大会で最前線で撮影となると広角側に意識が向きがちだが神奈川新聞社花火大会では望遠側も意識した方がいいかもしれない。ついでに細かい注意点をいくつか。メイン会場はここ臨港パークであるが、前方にある街灯は打ち上げの最中も消えることがなかった。この街灯以外に照明らしい照明が無いため安全上の理由から常時点灯させているのかもしれないが写真を撮影されるという方はこの点を注意されたい。それと臨港パークにある広報用のスピーカーの数が少ないのかあるいは音量が小さいからかプログラムの進行を知る上で大事な手がかりとなるアナウンスが大変聞こえにくい。うっかりしているとプログラムを聞き逃してしまうのでこれも注意されたい。
プログラムを片手に改めて神奈川新聞花火大会を観覧してみるとメインの二尺玉以外にも実に多くの見所があることに気付かされる。県内の小学生から募った絵を元にした型物花火、もはや横浜では定番となった花傘連星、一工夫加えたりパステルカラーふんだんに取り入れたまさにため息が出るような各種彩色千輪。多重芯や小割入り花火まで投入されたスターマイン。日本煙火芸術協会に所属する9都県10人の煙火師が手がけた芸術玉(尺玉)。ただ数多く打ち上げるのではなく内容と質が吟味された花火であることがよく分かる。
そして本日の目玉である二尺玉。二尺玉ほどになると開発から消え入りまでの時間が私の持っているデジカメのシャッターオープン時間(最長4秒)を超えてしまう。というわけで二尺玉の写真を撮影することはあきらめ、代わりにデジカメに内蔵されたビデオ録画機能を使って映像を収めることにした。ちなみにこのデジカメには簡易マイク(モノラル)が内蔵されていて映像と同時に音も録音できるようになっているのだがせっかく専用のレコーダーとマイク(ステレオ)で音を別に収録しているんだからこの音を使わない手はない。というわけで音声パートはPMD670とWM-61A改で録音した音を割り当てることにした。
さて準備万全で望んだはずの二尺玉だったわけだがこともあろうことか3つのうち2つも録画に失敗してしまった
さて、肝心の音の方だが2尺玉では完全に歪みが感じられる。アッテネータをONにし、さらにレベルを2まで絞ったにもかかわらず・・・。それに歪み方も左右のマイクで違うようだ(右の歪みが大きいか)。今回はレコーダーのリミッターをONにしていたため過大な入力を受けたレコーダー側がリミッターを発動したのかもしれない。あるいはWM-61Aの限界を超えた音量だったのだろうか。いずれにせよとても満足できる録音だったとは言えない。二尺以上の玉はマイクをもっと高SPLのものに変えるか、録音の仕方に工夫をする必要がありそうだ。
ちなみにヘッドフォンで聴いてみるとやけに音が左側に定位しているような気がする。左の音量が大きすぎるからというわけでもなさそうだ。もしかしたら録音のときマイクの向きが多少右にずれていたか?今回左右のマイクの距離はたっぷり1.6mも取った。音の方角に関する解像度を高め、ワイドスターマインなど横に広がる花火のステレオ感を強調するためである。これは裏を返せば2つのマイクを結んだ直線に対し垂直な方向と、花火の打ち上げ方向が少しでもずれればそれだけ左右どちらかの方角におおげさに定位されることを意味する。今回はまさにその可能性が高い。ちゃんと花火の打ち上げが開始されたらマイクの向きを微調整しないといけないということだ。