梅雨が明けようかというこの時期に開催されるみなと祭国際花火大会はその夏に開催される本格的な花火大会のトップを飾り、規模・構成・内容などからも横浜にとどまらず全国の花火ファンを呼び寄せ魅了する花火大会として知られている。最大で尺玉が上がるこのみなと祭国際花火大会は毎年横浜に夏の訪れを告げる風物詩的な存在と言えよう。そして今年で50回目という節目を迎える同大会は例年より1000発増量し、さらに50回記念特別プログラムも用意するという。
去年のこの時期は花火に対して漠然とした興味はあったものの、まだ録音をしようと思うまでには至っていなかった。何かの用事のついでに開始間際にふと立ち寄った去年の国際花火大会。特にこれといったこだわりもなく人の流れに身を任せて行き着いた先の赤レンガ倉庫付近から観覧したが花火大会の熱狂や興奮を肌で感じすっかり感動させられてしまった。同じ夏、そのときの興奮や感動が冷めやらないまま業務用AV機器を扱っているHeavy Moonという会社のレンタル事業部に掛け合ってレコーダーとマイクを借りて花火大会の生録に臨んでみた。それ以来すっかりこの世界にハマってしまったというわけだ。
それから一年が経った。みなと祭国際花火大会を生録するのは今回が初めてだが一体どんなマイクを用意すればいいだろうか。手持ちのマイクはDPA4062(1本)とWM-61A(複数)の2種類。DPA4062はなんと言っても150dBを越える余裕のある最大SPLが魅力的であるが値段が張るため(実売価格:5万円強)1本(モノラル)しか手元にない。一方WM-61Aは最大SPLに関してはDPA4062に及ばないものの音の繊細さに関してはこれを凌駕している。加えてWM-61Aは単価が安く(1ヶ数百円)、複数購入してあるのでステレオ録音環境の構築も容易に出来る。花火の持つ音を忠実に再現しろと言われれば躊躇せずDPA4062を選択するが、会場の空気感により重点を置けと言われればWM-61Aを選択するだろう。花火の音と会場の空気感、音のレベルが全く違う両者を満足する録音再生環境を揃えるのはアマチュアには難しい。そこで最後は取捨選択となってしまう。ここ横浜みなとみらいの花火大会は観客数の多さや客層(若いグループが非常に多い)が特徴的だ。この観客の熱気や興奮といったものは是非収めたい。それらを考慮した結果、今回はWM-61Aを選択することにした。
3月に開かれた太田市花火大会にWM-61Aを投入したときカプセルをステンレスパイプに固定した。こうすることで低音に迫力が出て、さらにステンレスパイプの周囲に保護用バネを取り付けることでウィンドジャマーが直接マイクのヘッドに触れるのを防げ大きな音を拾ってもウィンドジャマーからマイクに振動が伝わるのを防ぐことが出来るようになった。その一方急いで作った関係で左右のマイクの選定で甘さが露呈した。耳のいい人ならお気づきかと思うが左右のレベルが微妙に違う上周波数特性も若干ずれている。このズレが大きいほどステレオ感の喪失を招く。これではせっかくステレオ録音しても効果半減といったところだ。こうして夏になり花火の季節も巡ってきたことだしひとつ満足のいくペアマイクを用意するのも悪くない。
花火大会前日、いくつかのマイクカプセルをピックアップして順にエアチェックをしていく。5つくらい試しただろうか。ようやく満足のいくペアを見つけた。二つのマイクを切り替えてもどちらを選択しているかほぼ判別が付かない=2つのマイクの特性は極めて近い。信じられない人もいるかもしれないがばら売りされているカプセルというのは意外に特性がばらけている。その中から特性の合うマイクを見つけるのは結構面倒くさい。しかしそれが豊かなステレオ感につながるだけにおろそかにできない部分だ。今まではないがしろにしてきたが花火シーズンも到来したことだしこれを機にまじめに合わせることにした。
ペアカプセルの選定も済み、エポキシ接着剤でステンレスパイプに固定して最終チェックをしているときだった。今までレコーダーはACアダプタで駆動していたのだが実際の録音時は電池で駆動することになるから念のため電池でのエアチェックもしてみた。するとどうしたことだろう、電池駆動にしたら左右のマイクのレベルが大幅にずれるではないか。周波数特性も違うような気がする。これにはすっかり混乱させられてしまった。時は大会当日の朝4時。もう一から作り直す時間もない。おまけに明るくなってきた外を見ると雨まで降り出したではないか。とりあえず寝る・・・。
当日朝10時、雨は止んだようだが予報は18時の降水確率を30%と報じている。なんともすっきりしない。一方マイクの方は一向に原因が特定できていない。こうなったらWM-61Aの投入はあきらめるしかなさそうだ。もう一つのマイクDPA4062(モノラル)に変更するとしよう。花火といった大きな音は忠実に再現できるマイクだが果たしてどこまで会場の空気感を再現できるかは未知数だ。おまけに1本しかないからモノラル録音のみというのも不満が残る。
会場の山下公園に着いたのは午後2時。メイン会場のここは昼の12時まで場所取りが禁止されている。おまけに朝一雨あったから観客の出はそれほどでも無いだろうと高をくくっていた。だが認識が甘かったようだ。人の数はそれほどではないがビッシリシートがひかれている。そのシートの間もぬうように這わされたガムテープやロープがここにあるじがいることを周囲にアピールしている。人一人が入り込む隙間もない。完全に夏の花火大会の感覚を失っていた。あたふたしながら空いてるスペースを探していると同じ山下公園でも右端のマリンタワー側は比較的多くの空きがまだあった。ここからだと視界の一部が木立や波止場に遮られてしまうがぼやぼやしているとすぐに場所をとられてしまいそうな勢いだ。とりあえずここに腰を下ろすことにした。
近くにある横浜中華街で腹ごしらえした後あらためて山下公園を散策してみた。するとどうだろう、公園に隣接する山下埠頭も観客が大勢いるではないか。2つの場所をつなぐ門は閉ざされていたがそこを管理する警備員の人に尋ねてみると山下埠頭でも観覧できるという。山下埠頭の方がより打ち上げ地点に近い。門越しに見てもちらほらスペースが散在しているようだ。というわけで早速山下埠頭に見学に行ってみた。
午後4時過ぎ、山下埠頭でかろうじて一人分の場所を確保できた。こういうときに備えシートは2枚持っているものである。ここなら視界を邪魔する木々も無いので直接打ち上げ船も視界にとらえることが出来る。それに地面もアスファルトなのでデジカメ用の三脚の安定度も格段に上がった。
夕方、開始までのあいだ山下公園で配られていたパンフレットを眺める。そういえば横浜で開かれた花火大会でパンフレットを見たのは今回が始めてだ。よく見れば玉の寸法や玉名まで書かれているではないか。1発1発を大切に打ち上げるという主催者側のスタンスがここにもかいま見える。みなと祭国際花火大会に多くの観客や花火ファンを引き寄せる魅力があるのも納得できる。
ふと空を見上げると雲の切れ間から夕日が覗いている。朝は雨が降っていたがなんとか天候は持ってくれたようだ。曇りが功を奏して日中もそれほど体力は消耗せずに済んだ。おまけに適度な南風は花火の煙を押し流してくれることだろう。多少湿気はあるが夏の花火大会としては理想的な気象条件かも知れない。