日本には花火の打ち上げが盛んな地域がいくつかある-三河(愛知)、信州(長野)、越後(新潟)そして大曲(秋田)。「天領だったから」「米所だったから」花火が盛んになった理由は様々だがここ大曲の花火の起源は次のように言い伝えられている。徳川幕府により秋田への国替えを命ぜられた常陸国(現在の茨城)の佐竹義宣。家来を連れて秋田に向かう途中大雨で大曲に足止めされてしまう。そのとき家来の若い火術家がここ大曲で娘と恋に落ちて駆け落ちしてしまった。以後この地にとどまった若い火術家が火薬に関する知識を生かして花火を製造し始めたのが大曲の花火の起源とされている。この駆け落ちが全国にその名をとどろかす全国花火競技大会「大曲の花火」につながっていくとは当の火術家も夢にも思わなかったことだろう。その「大曲の花火」も今年で100周年を迎える。行かないわけにはいかない。
花火大会も大曲クラスになると観覧チケットはプラチナ化する。ましてや今回の様に100周年という節目のときを迎えた年はなおのこと。桟敷席のチケット入手は端から諦めて無料席から観覧する。さて無料席と言ってもピンからキリまである。なにしろ観覧場所の幅は1kmを優に超えるからだ。一般には中央付近が良しとされている。その中央付近の無料席を確保するには前日のうちから大曲入りして列に並ぶ必要がある。最高峰の花火競技大会である大曲の花火は花火を打ち上げる煙火師だけでなく花火を観覧する観客も試される。
鉄路で前夜に東京を出発してその日のうち大曲入りしようとしたら秋田新幹線を使うしか無い。日付が変わって当日の早朝で良ければ寝台特急あけぼのという手もある。どちらも乗車するには指定席券が必要だがこの夏はなにかとドタバタしていてうっかり取り忘れてしまった。秋田新幹線に関しては満席でも立席特急券というものを購入すればデッキに立ったままではあるが乗車できるとのこと。3時間以上立ちっぱなしになるが仕方が無い。少しでも早くに現地入りしたかったので前日の金曜日に秋田新幹線こまち最終列車で大曲に向かうことにした。
23時半、大曲駅到着。駅の構内の至る所に花火にまつわる展示が施されていて花火大会前夜であることを強く実感させられる。駅前にうどん屋さんが開いていたのでそこで今夜の夜食にありついた(出発が慌ただしかったため東京で夕食を取り損ねてしまった)。
駅前のうどん屋で食事を終えて店を出ると既に日付は変わっていた。花火打ち上げ当日である。誰もいない通りを河川敷に向けて進んでいく。すると道に警備員の姿がちらほら見えるではないか。どうやら夜通し警備に当たるようである。他の花火大会とは一線を画す規模であることを垣間見ることが出来る。
雄物川河川敷に到着。土手を上ると河川敷の一角に投光器がこうこうと光っているのが見える。近づいてみると果たして無料席の順番待ちの列だった。持参してきたシートを広げ最後尾に並ぶ。今晩の寝床となる場所だ。下は芝生で結構フカフカ。夜露に目をつむれば結構快適な寝床だ。酷暑と言ってもいいほど暑かった2010年の夏ではあるがここ秋田の晩夏の夜となるとさすがに羽織るものは必要だ。仰向けになって夜空を拝めばそこには満月が。明日に備えて就寝する。
朝、雷の音で目が覚める。雷といってもカミナリではなくライ、音の鳴る花火のことだ。今日の開催決定を伝えるかの如く30分おきに元気に打ち上げられる。身を起こして辺りを見渡すと一面モヤでつつまれていた。まるで桃源郷にいるかのようだ。それは天候が崩れて曇ったからではなく雄物川から立ち上る湯気によるものだと理解するのにしばし時間を要した。ふと後ろを振り返るとものすごい数の行列が形成されていた。寝台特急あけぼので来ていたらこの最後尾に並ぶことになっていたわけだ。夜露に打たれながらの野宿は寒かったが前夜に大曲入りして正解だった。
9時半、無料席が解放される。さあ、花火大会に先立ちマラソン大会の始まりだ。なにしろ今いる待機場所は会場の最北端の姫神橋付近。ここから目的の会場中央まで距離にして1kmはある。とはいえ10kgに及ぶ機材を背負ってのマラソンはさすがに堪える。人を追い抜かすつもりで走っていたのに最後の方は追い抜かされる一方となる。ふと横を見ると「3」「4」の桟敷席のブロックを表す数字が書かれた看板が目に入る。ここだ。ここが会場中央付近であることは間違いない。既に先客に大きなシート群で取り尽くされた感はある。どこかいい場所は無いかと徘徊していたらご親切にもシートを少しずらしてくださった方がいて一人分のスペースを確保することができた。無料席会場中央付近にて観覧決定である。
天気は快晴。この炎天下では傘でも差してないと暑くてやってられない。このまま河川敷にいてもじりじり日に焼かれるだけなので会場周辺を散策してみる。まずは打ち上げ場所の対岸に向かう。大曲橋を渡っているとすぐ左に橋の橋脚が建造されていることに気付く。どうやら今渡っている大曲橋を架け替えるらしい。確かに今渡ってる大曲橋は欄干に古さを感じさせる。橋が左にずれるので結果的に花火会場は若干広がるのかな。
対岸は辺り一面田んぼが広がり、稲穂もたわわに実っていた。収穫も間近だろう。こちらは打ち上げ側なので田んぼも農道もその大部分が立ち入り禁止。規制ぎりぎりの道を歩いてるとところどころガムテープやシートで場所取りされている。地元の人だろうか。風向きによっては今いる裏側が絶好のスポットになるらしくあえて裏側から観覧するという花火マニアもいるとは聞く。チケットが取れず、無料席の確保にも失敗した場合は裏側は観覧の候補地の一つになるだろう。もっともここからじゃBGMは聞こえないので携帯ラジオが必須だが。
会場裏手をぐるっと一周してきた。それでもまだ正午。打ち上げまですることがない。朝食を取り損ねたのでとりあえずコンビニで食料を調達。その後駅前の花火庵と呼ばれる花火の資料館を訪ねてみた。会場では花火鑑賞士と呼ばれている人が司会を務める花火セミナーが開催されていた。題材として使われているのは過去の大会提供花火、あれは確か「HAREM 〜砂漠の宮殿〜」(2005年)かな?数ある大会提供花火の中でも屈指の名作と誉れ高い作品だ。こういうのを見ると気持ちも高ぶってくる。
動き回っていたらだいぶ汗を掻いた。前回2006年に観覧したときは駅前の銭湯で汗を流したものだ。しかし今年来てみたら銭湯が見当たらない。たしか大曲駅から徒歩1,2分のところに高い煙突が目立つ銭湯があったはずだ。閉店してしまったのだろうか。仕方が無いので大曲駅の観光案内で代わりとなる銭湯を聞いてみたところ大曲駅から北に徒歩30分ぐらいのところに平安閣大曲という旅館があってそこがお風呂を一般開放しているらしい。こんな汗だくのまま観覧する気にはなれないのでそこでひとっ風呂浴びることにした。
日も傾いてきたのでそろそろ戻る。機材の最終チェックをしていたところ何と驚愕の事実が判明。レコーダーのバッテリー残量がほぼゼロになっていた。充電し忘れたなんてことは考えられない。昨日出発前に機材のチェックをしたときに電源を切り忘れたのではないか。いずれにせよここで録音を諦めるわけにはいかない。まもなく昼花火の打ち上げ開始時刻だがバッテリーの調達を優先する。
Marantz製PMD670ポータブルレコーダー、バッテリーは市販の単三電池8本。会場の屋台を当たってみるもかき氷を売ってるところはあっても単三電池を売ってるところは全く無い。まあそうだろう。会場の外に出る。コンビニがあれば手っ取り早いがあいにく会場周辺にコンビニは見当たらない。駅前にはコンビニがあったけどさすがに遠い。どうしたものかとうろうろしていると町のカメラ屋さんが視界に飛び込んできた。もしかしたら・・・。お店に入って聞いてみると・・・、ありました!単三電池8本無事確保です!
これだけ屋台があるんだから一件くらい電池とか売ってくれるところがあってもいいのにな、ぶつぶつ言いながら戻ってくると昼花火が打ち上がっていた。各煙火店はカラースモークで思い思いに趣向を凝らしている。スモークの形も重要らしい。蜘蛛の巣状に広がるもの、柳のように垂れ下がるもの。中には落下傘が入ったものまであった。
そして夕日が目の前の山に沈むといよいよ大曲の花火・夜の部の始まりである。いつものオープニングミュージック「夢の空」(津雲優)が流れると桟敷席からどっと歓声が沸く。どうやら仕掛け花火に点火されたようだ。今いる無料席からは前の桟敷席が邪魔で何も見えないのでそういうものと思って諦めるしか無い。やがて仕掛け花火が終わるといよいよ打ち上げ花火があがる。オープニングのスターマインである。風は向かい風気味だがここ大曲では典型的な風向きらしい。
オープニングが終わるとすかさず競技花火が始まった。10号割物の部と創造花火の部(スターマイン)で競い合う。割物は今や三重芯、四重芯は当たり前で今大会では二社が
-
北日本花火興業
-
1 若松煙火製造所
-
2 大曲花火化学工業
-
7 和火屋
-
9 野村花火工業
-
9 野村花火工業
-
10 丸玉屋小勝煙火店
-
11 小松煙火店
-
12 菊屋小幡花火店
-
14 伊那火工堀内煙火店
-
15 磯谷煙火店
-
15 磯谷煙火店
-
17 太陽堂田村煙火店
-
18 山崎煙火製造所
-
20 北日本花火興業
-
21 マルゴー
-
22 紅屋青木煙火店
-
22 紅屋青木煙火店
序盤の向かい風は徐々に弱まり中盤に差し掛かる頃には無風に近い状態になってしまった。創造花火で発生した煙が次の10号玉を覆い隠す。カメラのバッテリー残量も怪しくなってきたから煙で見えない創造花火の撮影はパスして大会提供花火に備えておく。
-
5 筑北火工 堀米煙火店
-
8 信州煙火工業
-
9 野村花火工業
-
13 齋木煙火本店
-
13 齋木煙火本店
-
14 伊那火工堀内煙火店
-
15 磯谷煙火店
-
15 磯谷煙火店
そしてその大会提供花火。この花火のためだけに来るという人もいるくらい目玉の花火だ。地元秋田の煙火店が威信をかけワイドスターマインを打ち上げる。それが大会提供花火である。大会提供花火の爆圧はここ無料席にもバシバシ伝わってくる。もっと前方にある桟敷席から見てる人たちはさぞかし迫力を感じていることだろう。
そして今年は大曲の花火100周年という記念すべき回。なんと大会提供のあとに100年提供と銘打ってワイドスターマインを打ち上げた。1年で2度大会提供花火を堪能したようなものといえば伝わるだろうか?やっぱり記念すべき回は行ってみるものだ。
煙にやや悩まされた感はあるが天候にも恵まれ100周年という記念すべき回を存分に堪能することが出来た。さて、帰るまでが花火大会だ。天候に恵まれ100周年記念大会とくれば人が集まらないはずが無い。帰りの列車に乗るべく大曲駅に歩いてみて愕然とした。まだ丸子川を渡る前なのに列の最後尾が見える。過去の観覧では経験したことが無い列の長さだ。花火大会に合わせて臨時列車を増発してくれているとはいえキャパシティには限りが有る。前代未聞のこの大人数を捌けるとは思えないんですけど・・・。案の定まだ駅前広場で列に並んでいる間に最終の臨時列車が出発してしまう。(ノ∀`)アチャー、いわんこっちゃない。こりゃ大曲で二徹か?と、そのときにJRからアナウンスがあった。「臨時の臨時列車を走らせます。全員が乗りきるまで列車を増発しますのでご安心下さい」。急遽ダイヤには無かった盛岡行きと院内行きが増発された。これを神対応と呼ばずして何と呼ぶ!大曲駅0時25分発の院内行き臨時の臨時列車に乗車。終点の院内では新庄行きの列車に接続してくれたおかげで新庄まで行くことが出来た。3時30分新庄駅着。大曲に比べればちょっとひんやりしているが今年は酷暑、耐えがたい寒さというほどでも無い。あと2,3時間も待てば始発が出るだろう。このまま奥羽本線(山形線)を南下し、途中の峠駅で名物峠の力餅でも買おうかな。青春18きっぷを使ってのんびり帰るつもりである。